ピアニストからだ理論 <9>
からだの不思議 “解剖学のお話し”
「からだをどう使うのか?」
*2011~2014年まで”ameblo.jp/sinfonian/"内で「演奏のための機能解剖学」としてご紹介していた中からの抜粋です

ピアノの基礎の部分で、身体をどう使うのか?ということを日本では習う機会が現在でもとても少ないため、何年もピアノを習っているわりには上手になっていない、と悩んでいる人が実に多いと感じています。例えば、ハノンやチェルニーといった日本でおなじみの練習曲と言われる曲集を使って、「とてもゆっくりとしたテンポで弾く」、あるいは「何種類かのリズム練習を繰り返す」、ということは多くのピアノの先生も生徒さんも実践していることだと思います。ただ、それだけでは身体を上手く協調させた動きを得ることはできません。
ほとんどの人は、筋肉のエネルギー使いすぎていて本来なら自由で伸びやかな動きが実現できるはずが、「弾く」という行為に捕らわれてしまい、指を動かすことだけしか考えていません。実際に鍵盤に接触しているのは、指(先)なので無理もないのですが、指が動くという行為自体、大小様々な筋肉の連結によって動いているわけですから、それらの動きを解剖学的な知識として知っておくことや、練習のときから筋肉の動きを意識した訓練が必要になります。筋肉の動きが意識できるということは、自分の身体の質量を感じているか?ということも1つポイントになります。自分の質量を感じるのは難しいことです。あまり意味がわからないかもしれません。では、質量を感じてみるためには何をすれば良いのでしょうか?筋肉のエネルギーを使いすぎている、ということを自覚するにはどうすればよいでしょうか?
これは、特別なトレーニングが必要です。聞いたことがあると思いますが、身体訓練法です。この訓練につ いては別の項目で書きたいと思っています。普段私達は、「歩く」「立つ」「座る」「かがむ」「飛ぶ」「捻る」「反る」「伸ばす」「掴む」「叩く」など日常的な身体の動きは当たり前すぎて、それぞれの動きに対して意識がほとんどありません。動くのが当たり前ですから意識する必要がなかったわけです。1つ、誰でも当てはまることとしては、日常的な動きのおそらくどれを取っても筋肉のエネルギーを使いすぎていること、つまり協調された動きではなく常に身体を酷使しているということです。ピアノを弾く、という行為は日常的な動きとはまた違いますね。日常的な動きとは別の動作をしなければならないので、身体が余計に緊張してしまうわけです。
どうすればピアノを弾くのに相応しい動きになるのか、事前に動作プログラムがされていないから、ぎこちなく硬い動きとなってしまうのです。動作のプログラムがされる場所は、「前頭前野」というところです。では、前回の続きです。少し前置きが長くなりました。身体の協調性の高い、バランスの取れた動きには3つの要素があります。その前に「ピアノを弾く(1)」で書いた内容の要約です。「美しく、自由で、柔らかで、滑らかで、巧みで、表情豊かで、流れるような、一連の動きは、筋肉の余分なエネルギーを使わず、ひとつひとつの要素となっている運動が、適切な時間とそれに必要な筋が連続して協調し て行われることを言います。」前回の内容を踏まえた上で、協調性のある運動ができるようになるには次の3つの要素が挙げられます。
【1】指、手(受容器:じゅようき)と筋肉(効果器:こうかき)のフィードバックが、時間的、空間的に効果的に作用する働き(回路)が高度に組織化されていること
【2】演奏のひとつひとつの要素となっている動作パターンが(時間的、空間的に)形成されていること
【3】時間の感覚スピード(経過)に対する予測とそれに伴った順序立てた反応がされること
これらの要素が適度にバランスがとれた時、美しく、滑るような、流れるような、運動の連続となってい くわけですね。手が器用に動く、ということはそれぞれの要素が上手く機能した結果なのです。器用にうまく手が使えるということをもっと説明するには、脳や神経のお話をしなければならないのですが、専門的になりすぎて少々難しいのでまた別の機会に説明します。次回は、「運動能力」についての大変興味深いエドウィン・フライシュマンの試みをご紹介します。器用さの元となる、様々な運動因子についての内容です。合計20個の因子が基盤となって器用さが成立するというものです。
セラピスト林美希
著書「よくわかるピアニストからだ理論」(出版社ヤマハミュージックメディア)の中で解剖学について執筆させて頂きました。ピアニストの方やピアノ指導者、ピアノ研究家、熱心なピアノ愛好家、調律師等皆様のお役に立 てれば幸いです。