ピアニストからだ理論 <5>
からだの不思議 “解剖学のお話し”
「前腕の回転について」
*2011~2014年まで”ameblo.jp/sinfonian/"内で「演奏のための機能解剖学」としてご紹介していた中からの抜粋です

日本ではあまり演奏の際の身体の使い方まで指導するピアノの先生はまだまだ少数ではないかと思います。ごく一部の先生しか知らないのかもしれません。実際習ったことがない人がほとんどです。解剖学や生理学などを織り交ぜて、基本の動作として指導を展開している先生は非常に少ないのが現状です。身体からのアプローチが抜け落ちてしまっているのは残念なことですね。様々な音色を作るのは、私達の身体をどう動かすのかにかかっているのですから。単一な音しか出ない、色彩が乏しいのは、アジア人のピアニストの特徴とも言われています。コンクールなどで素晴らしい演奏をする日本人が増えてきましたしそれは同じ日本人として心から嬉しいのですが、それでもやはり諸外国のピアニストに比べると表現力の差、色彩の豊かさに物足りなさを感じてしまいます。
様々な色彩を作るためにも、表現力の幅を広げるにも、スムーズに身体が使えるようになるためにも、長年付いてしまった癖の矯正をするにも、ピアノで使う基本動作の知識と解剖学的な視点で演奏を観察することができれば、沢山の可能性を見いだすことができると私は思います。正しく身体を使うことができれば困難であったパッセージを弾くことも夢ではなくなりますから。
回転の動作は、最もピアノで多用される動きです。そして、ピアノの楽曲の中で最も使われる技術は、スケール(音階)とアルペジオ(分散和音)ですが、これらの技術にも回転の動作(と平行移動の動作も加わります)が要求されます。ピアノ演奏の場合、回転の動作を身体のどの部分を使うかというと主に「前腕」(肘から先)になります。回転動作と言ったらまずは前腕だと覚えて下さい。(*上腕・肩も回転します)実際に手を前に出してくるくると回す動きをすると右回り左回りに前腕が回転するような動作になるはずです。ピアノを弾く時には、手の平は下向きになっていますがこの時前腕の中では、親指側にある橈骨(とうこつ)が回内運動(かいないうんどう)によって尺骨(しゃっこつ)と交差している状態です。小指側の尺骨は動く骨ではなく、前腕が回転する動作ができるのは橈骨が回内運動をするからです。
回転の動作がスムーズに行われれば、指の動きを妨げたり、指の打鍵力やスピードを邪魔をすることはなくなるのでピアノ練習による疲労や炎症、怪我や故障とは無縁となります。要するに筋肉の過度な緊張がなくなるのです。多くの人は、筋肉の緊張が持続した状態で演奏しています。ピアノを演奏してる間は、筋肉は休んでいる時間の方が実際は長いのです。前腕の回転を使う音型は「ジグザグ進行」をしているかたちです。交互に上下行する音型の類にあてまるものと考えて下さい。
ハノン(THE VIRTUOSO PIANIST~ピアノの名手になる60練習曲)を例に挙げるとジグザグの音型はこんなに含まれています。
<第1部>
4番(冒頭 ドレドミ・・・・レミレファ)
5番(冒頭 ドラソラファソミファ・・・・)
6番(冒頭 ドラソラファラミラ・・・・)
7番(冒頭 ドミレファミソ・・レファミソファラ・・)
8番(冒頭 ・・・・ファソミファ・・・・ソラファソ)
9番(冒頭 ・・ファミソファラソ・・ソファラソシラ)
10番(冒頭 ミファミファ・・・・ファソファソ)
11番(冒頭 ・・ラソラソ・・シラシラ)
12番(冒頭 ラドミレ・・・・シレファミ・・・・)
13番(冒頭 ミドファレソミ・・ → ファレソミラファ・・)
14番(冒頭 ・・ファミファミソファ・・・・ソファソファラソ)
15番(冒頭 ドミレファミソファラレファミソファラソシ)
16番(冒頭 ドミレミ・・・・レファミファ・・・・)
17番 (冒頭 ・・ラソシラ・・・・シラドシ・・)
18番(冒頭 ・・ファミソファ・・・・ソファラソ・・)
19番(冒頭 ドラファソ・・・・レシソラ・・・・)
20番(冒頭 ・・・・ドシドラ・・・・レドレシ)
<第2部>
22番(冒頭 ドミレミ・・・・ラファソファ・・・・)
24番(冒頭 ミレミドミレミドミレミドラファソミ)
26番(冒頭 ・・・・・・ラソラソ)
27番(冒頭 ミファレミ・・・・ラソラソ・・・・)
28番(冒頭 ドミレミドミレミドラソラファソミファ)
29番(冒頭 ドレドミレミレファミファミソファソファソ)
30番(冒頭 ドレドレドレドミラソラソラソラファ)
31番(冒頭 ソミレミドミシミラミソミ)
46番(トリル)
49番(冒頭 ミドソミファレラファ)
54番(3度のトリル)
55番(和音の トリル)
56番(分散オクターブによるスケール)
59番(6度4重トリル)
60番(トレモロ)
ここまで・・・
滑らかな回転のために
前腕のスムーズな動きを実現するために、やってはいけないポジションの取り方があります。それは、椅子の位置がピアノに近すぎてしまい、上腕が胴体に密着しているような状態は絶対に避けなければなりません。前腕の緊張が増してしまい、実際ピアノを弾く時には、親指側(内側への回転運動)が困難になます。ピアノを弾く前から、前腕をひどく硬直させてしまっていることになるので、演奏をはじめてすぐに疲労してしまうか、だるさや痛みを感じる人もいるかもしれません。
前腕が一番リラックスしている状態を椅子に座ったまま簡単に体験できるのですぐに試してみて下さい。両腕を胴体の横へだらりとぶら下げて下さい。この状態が、前腕が最も力が抜けている状態です。そしてピアノを弾くためには、このぶらりとさがった腕を、まずはそのまま鍵盤の上まで移動します。その時は、まだ親指が天井の方向を向いています。そこから、鍵盤に対して手が平行になるように内側に回転させます。手のひらが鍵盤と向き合うようなポジションになります。
この状態を作るのに、手を親指側(内側)へ倒しましたね。だらりとさがった状態の腕は、前腕にある尺骨(しゃっこつ:小指側)と橈骨 (とうこつ:親指側)が平行の位置にあるのですが、ピアノの鍵盤の上で手の平を内転(親指側に倒す)させると、尺骨と橈骨は交差している状態となり前腕にある屈筋はすでに適度な緊張をしていることになります。上腕が胴体に密着していると、この緊張状態はかなり高いものになっているのでほぼピアノを弾くのは困難となります。ピアノの古い指導法では、上腕のポジションの取り方が間違っていたために、前腕が絶え間ない緊張状態にさらされて疲労し様々な障害を招いてしまう結果となりました。
尺骨と橈骨は交差して緊張状態(ねじられている)にあるとはいえ、ひねり方が充分でない場合には、小指(第5指)の指先の脇の部分で打鍵をすることになります。脱力をしよう、緊張をゆるめたい、という一心で内転運動(ひねり)が不足してしまうと、ピアノの基本姿勢手のフォームの最も重要な部分である、指の付け根(屋根)が第5指に向かって低くくなる状態となってしまいます。第5指を含む4指の付け根(屋根)の高さはは、ほぼまっすぐになるようにします。小指は立てていないとこの状態はできません。肘をわずかに外側に向けることで調節ができます。
上腕のポジションを胴体から少し余裕を持たせ持ち上げるようなポジションを取ると、過度な緊張状態からは緩和されます。わずかに持ち上げるような動作をしてみると楽になりますので是非試して下さい。前腕ー手ー指が一直線になるように(小指主導型)、上腕は胴体から浮かすようなポジションをとり、決して腕をロックしてしまうような体勢をとらないことが重要です。俊敏に動くためのポジションを取れるようになるだけでも大きな財産を手にいれることができます。
セラピスト林美希
著書「よくわかるピアニストからだ理論」(出版社ヤマハミュージックメディア)の中で解剖学について執筆させて頂きました。ピアニストの方や ピアノ指導者、ピアノ研究家、熱心なピアノ愛好家、調律師等皆様のお役に立てれば幸いです。