ピアニストからだ理論 <11>
からだの不思議 “解剖学のお話し”
「運動単位」
*2011~2014年まで”ameblo.jp/sinfonian/"内で「演奏のための機能解剖学」としてご紹介していた中からの抜粋です

手を器用に動かすためには、言うまでもなく繰り返し手をよくを動かして覚えさせることが必要です。繰り返し運動することによって脳の中に手を動かすための神経回路が組織化されていき、同じ運動を繰り返せば脳への強い刺激となって回路は更に太くなり、安定した運動パターンが組み込まれることになります。
ピアノを弾く手は、繊細で微妙な力のコントロールが必要とされますが、それが可能な理由はどうしてでしょうか。人の身体の筋肉には、脳の構成単位がニューロンであるように筋肉の構成単位というものが2種類あります。1つは、相動性運動単位、もう一方は、緊張性運動単位と呼びます。運動単位という言葉を初めて耳にするかと思いますので説明致します。
筋肉は、たくさんの筋繊維が集まってできおり、その筋繊維に運動の指令を伝えるのが運動ニューロンという神経ですが、この1本の運動ニューロンは筋肉の中で数百本に枝だ分かれしており、枝分かれした運動ニューロンが1本ずつ筋繊維を支配しています。1本の運動ニューロンが枝分かれしていることで、数本から数百の筋繊維を同時に収縮できるという仕組みになっています。
1本の運動ニューロンとそれに支配される筋繊維の集団のことを運動単位と言います。
2種類の運動単位の特徴ですが、相動性運動単位は、速い収縮に適しており、相動性運動単位が多く含まれている筋肉は瞬間的な筋エネルギーを放出する運動が可能です。すなわち、収縮するまでの時間が短く、発生するエネルギー(張力)も大きいので太い運動神経に支配されています。
緊張性運動単位は、持続的な筋の収縮に適しており、緊張性運動単位を多く含む筋肉は姿勢を維持する一定のエネルギーを放出する運動に適しています。筋肉の収縮速度は遅く、発生するエネルギー(張力)は小さいので、細い運動神経に支配されています。
疲労しにくい緊張性運動単位は、穏やかで持続的な筋収縮を行い、疲れやすい相動性運動単位の方は、強く短い筋収縮をすると少しの間休んでしまいます。
筋肉の収縮は、筋肉の中に含まれる沢山の運動単位すべてが働いているのではなく、活動を行っている(収縮している)運動単位と休んでいる運動単位が存在しています。筋肉の収縮は、この運動単位の活動であることを是非覚えて下さい。
筋肉の収縮は、疲れにくい緊張性運動単位から優先して使われていきます。弱い力で充分な場合には、緊張性運動単位だけが収縮され、強い力が必要な場合は、相動性運動単位が収縮します。収縮が弱くなれば、疲労しやすい相動性運動単位から休みはじめます。
ピアノを弾く手の中には、小さな筋肉が存在しています。手の筋肉には、緊張性運動単位が多く含まれいるため細やかな動きやそれらをコントロールすることが可能となっています。一般的に、小さい筋肉は張力の小さい運動単位を持っているので微妙なエネルギーをだすことができるのです。親指と人差し指の間にある触ることのできる筋肉(第一手背骨間筋)はその一例です。
筋肉がエネルギーを出すときは、どちらの運動単位が先に働くかというと緊張性運動単位から働きます。より大きなエネルギーを出していくにつれて相動性運動単位が働くというしくみになっています。この緊張性運動単位から働きはじめる法則のことを、順位性原理と呼びます。
ピアノを弾く際に、瞬間的に力を速く入れたり、ゆっくりと入れたり、思うように筋力をコントロールできるのは、この運動単位が順位性原理の法則に従って運動単位の動員の仕方が上手く行われているからです。運動単位の小さいものから順番に使われるという優れた生体機構を私達の身体は持ち合わせているわけですね。
セラピスト林美希
著書「よくわかるピアニストからだ理論」(出版社ヤマハミュージックメディア)の中で解剖学について執筆させて頂きました。ピアニストの方やピアノ指導者、ピアノ研究家、熱心なピアノ愛好家、調律師等皆様のお役に立てれば幸いです。